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支援物資はあるのに届かない…「必要な場所に必要なものを」 別府市で輸送訓練
これまでに起きた震災などで度々課題となるのが、避難所に届けられる「支援物資」についてです。 「たくさんの物資があっても、必要なところに届けられていない」こうした問題を解決するため、別府市で輸送訓練がありました。 地震大国、日本。 大きな災害が起こるとすぐに避難所が設けられますが、「支援物資が速やかに届けられない」という問題がたびたび起こっています。 ■別府市 防災危機管理課 長田慎之介主任: 「昨年度、石川県に現地視察に行き、物資輸送に課題があったと話を聞いた」 こうした課題を解決して万一の災害に備えようと、別府市は3日、支援物資の、搬入・仕分け・搬出に特化した訓練に取り組みました。 県内では初めての訓練ということです。 「要請内容は、水4箱、毛布4箱、テント2箱。避難所に届けるため、搬送車両に物資を積載します」 県トラック協会や地元の自治会など4つの関係機関が参加し、トラックで運ばれてきた食品や、おむつ、毛布といった支援物資がどのくらい届いたのかを数えて、種類ごとに仕分けしていきます。 そして、8キロほど離れた古賀原公民館に運ばれました。 ■古賀原地区自治会長 草野浩三さん: 「物資を搬入してもらってこういう形で物資が届くんだ、それから仕分けしてこうやって置くんだ、こういったシミュレーションができたということが非常にためになった」 過去の震災でも多くの支援物資が寄せられていますが、同じものばかりが避難所に送られるなど「必要な場所に必要なものが届かない」というのが大きな問題になっています。 ■別府市防災危機管理課 長田慎之介主任: 「物資がどれだけ来るのか、なかなかイメージできなかった。今回訓練をして課題を抽出し、別府市で大きな災害が起きた時に円滑に物資を送れるような体制を作っていきたい」 支援物資はあるのになぜきちんと届かないのでしょうか。 別府市でも過去、避難所が開設されるような災害が起きていて、県外の地震も教訓にして今後に生かしています。 能登半島地震でも支援物資についての課題がありました。 どこに何があるか把握できていない、どれだけの物資が届くか想定しにくい、仕分けの重要性を考えていなかったといった問題が浮き彫りになりました。 こうした教訓を生かし、今回、県内で初めて搬入・仕分け・搬出に特化した訓練が行われました。 支援物資が避難所に届くまでの流れです。 国や県などから届いた物資は拠点ですぐに仕分けて、避難所へと送り出します。 ただここで直面するのが、大量の物資をどう管理し届けるかという問題です。 その解決策として注目されている方法があります。 今回の訓練でも使われた「新物資システムBーPLO」です。 QRコードなどでデータを登録することで、物資の量や場所、配送状況、さらに、各避難所でいま何が一番必要なのかそのニーズもリアルタイムで把握できます。 国や県、市町村、事業者が「どこに何があるか」を共有できる仕組みです。 ただ、命を守るためには、家庭での備えも必要です。 発災当初の1日目から3日目は物資が行き届かないため、個人の防災用品が特に必要になってきます。 そして、物資が届き始める4日目以降は、避難所で協力して分配することが大切です。 別府市防災危機管理課の長田さんは、「発災当初は、道路の寸断などで物資がすぐ届かない可能性がある。まずは個人で備蓄を」と呼び掛けています。 「届いて終わり」ではなく、必要な人のもとへ素早く届ける体制づくりと家庭での備蓄の両方が必要です。
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受刑者が作った家具や革小物など650種類 大分刑務所で15年ぶりの「九州矯正展」
受刑者が作った製品を展示・販売する「九州矯正展」が、大分刑務所で開かれました。 刑務所や少年院、少年鑑別所などの矯正施設の役割や取り組みへの理解を深めてもらおうと、毎年、九州各地で開かれています。 大分刑務所での開催は15年ぶりで、3日と4日の2日間行われました。 会場には、全国の刑務所で受刑者が作った木製家具や革小物、ペン先にインクをつけて書くガラスペンなど、約650種類の製品が並びました。 ■中津市から: 「精巧に、丁寧に作っているのを感じる」 ■大分市内から: 「お部屋に合うものがあればと思って来た」 ■北九州市から: 「去年も(バッグを)買ったけど、すごく長持ちするし、全然壊れないし、周りからの評判もいい」 また、刑務所内の作業場などを見学するツアーも行われました。 受刑者が作った製品は平日も大分刑務所で販売されていて、売り上げの一部は犯罪被害者の支援などに充てられるということです。
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大分県職員の月給・ボーナス引き上げ勧告 5年連続 行政職は月額平均3.01%増
県職員の給与について、県人事委員会は5日、月給とボーナスをともに引き上げるよう、佐藤知事に勧告しました。 和田久継委員長が、佐藤知事に勧告書を手渡しました。 民間との給与の差を解消するため、行政職の給与月額を平均で3.01%、冬のボーナスを0.05カ月分引き上げるよう求めています。 月給とボーナスをともに引き上げる勧告は、5年連続です。 県によりますと、引き上げに伴う費用は、年間約47億5200万円となる見込みです。 佐藤知事は、「十分検討して適正に処理をしたい」としています。
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「おかえり」を信じて地元へ 中西麻耶選手が引退 大分で最後の跳躍
パラ陸上の走り幅跳びで輝かしい成績を残してきた中西麻耶選手が、競技人生に幕を下ろしました。 最後の舞台に選んだのは、地元、大分でした。 3日、大分市のジェイリーススタジアムに姿を現した中西麻耶選手。 最後の跳躍に挑むため、入念にアップをする姿がありました。 由布市出身の中西選手は2006年、仕事中の事故で大けがをし右足のひざから下を失います。 翌年から陸上競技選手となり、その後走り幅跳びに転向。 2019年の世界選手権で金メダルを獲得するなど、20年にわたって第一線で活躍してきました。 中西選手は9月2日、自身のSNSで引退を表明。 「これからの人生を考えたとき、まだ新しいことに挑戦できると思えた今だからこそ、次の人生へ踏み出す決断をしました」と、その理由を明かしました。 中西選手が現役最後の試合に選んだのは、地元・大分での秋季陸上競技大会でした。 ■中西麻耶選手: 「ここの土地から全てが始まっていて、それでもおかえりって言ってくれるって信じていたから帰りたくなりました」 見事決勝進出。いよいよ最後のジャンプです。 最後の試合は、2回目に飛んだ4メートル69で8位に入り競技人生を締めくくりました。 ■中西麻耶選手: 「とにかく最後、悔いの残らない跳躍だけしようと思って、ピットに立ちました。正直解放されたという気持ちはものすごくある。練習がこれで間違ってないかなど、悩むこともしなくて良くて」 引退後に挑戦したいことについては。 ■中西麻耶選手: 「頑張りたいんだけど、どう頑張っていいかわからなかったり、頑張りたいんだけど諦めかけてる人の背中を押して、寄り添ってあげられる人になりたい」 多くの記録を残した中西麻耶選手ですが、順風満帆という競技人生ではありませんでした。 由布市出身の中西選手は、2006年、仕事中の事故で右足のひざから下を失いました。 もともとはテニスの選手でしたが、パラ陸上に転向します。 ただ、非常に苦しんだ時期もあったそうです。 2012年のロンドン大会後には引退を決意しました。 その翌年には復帰し、再び、世界の舞台に飛び込みます。 資金面などで苦労して、思うように結果が出ない時期もありましたが、挑戦を続けました。 そして、世界の舞台で大きな結果を残します。 2017年の世界パラ陸上で3位。 翌年のアジアパラ大会と2019年の世界パラ陸上では見事優勝し、金メダルを獲得しました。 努力が実を結び、5大会連続でパラリンピックに出場しました。 今後について中西選手は、「まだ決まっていない。すごい指導者、先生と言われるより、寄り添ってくれるお姉さんというようなポジションで何かができたら。競技人生は、納得のいく幸せな時間を過ごすことができた」と、会見で感謝の気持ちを表していました。 私たちも中西選手に感動をもらいました。 本当にお疲れました。これからの活躍にも期待しています。
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